『沈まぬ太陽』恩地元の仕事術――左遷先でも仕事を作った男は何が違ったのか

キャリア

『沈まぬ太陽』を読んでいると、恩地元は単に「信念が強い人物」として描かれているだけではないことに気づきます。

仕事の場面を細かく見ていくと、かなり実務的です。

何をやるべきか整理する。

必要なものを洗い出す。

条件を具体化する。

情報がなければ自分で探す。

相手が動かなければ働きかけ続ける。

そして、仕事そのものがなければ自分で作る。

私は、恩地が優秀な会社員として描かれていること以上に、**「実際にどう仕事を進めているのか」**が気になりました。

自分自身、仕事の優先順位を決めていても、途中で新しい案件が入ると整理が崩れることがあります。

だからこそ、恩地の仕事ぶりを「根性がある」「責任感が強い」で終わらせず、具体的な行動から見てみたいと思います。

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恩地はまず、やるべき仕事を頭の中だけで済ませない

印象に残ったのが、恩地が出張前に自分の仕事を一つずつ確認している場面です。

現地職員の年末手当の査定。

社宅契約の更新。

不動産業者との交渉。

クリスマスカードの送り先。

一見すると、それぞれは小さな仕事です。

しかし、それらを放置したまま出張に出れば、後で確実に問題になります。

恩地は「忙しい」とひとまとめにするのではなく、抱えている仕事を具体的に確認し、出発までにどこまで処理すべきかを考えています。

私はここに、仕事を進めるうえでかなり基本的だけれど重要な姿勢があると思いました。

仕事が多いときほど、

「いっぱいある」
「忙しい」
「何からやればいいか分からない」

となりがちです。

しかし、恩地は一つずつ仕事を見える形にしています。

これは現代的な言葉でいえば、タスクの分解に近い考え方でしょう。

もちろん、作中で恩地がそうした理論を意識しているわけではありません。

ただ、曖昧な「忙しさ」を、具体的な作業へ変えている点は参考になります。

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引継ぎでは「分かるだろう」で済ませない

恩地の仕事ぶりがよく出ているのが、後任者への引継ぎです。

帳簿の付け方。

本社へ定期的に提出する書類の書き方。

細かい部分まで一つずつ説明し、気づけば周囲の人間が帰ってしまうほど時間をかけています。

ここも印象に残りました。

仕事に慣れてくると、

「これは見れば分かる」
「前任者もやっていたから大丈夫だろう」
「分からなかったら聞いてくれればいい」

となりやすい。

しかし、引き継ぐ側が分かっていることと、後任者が分かることは別です。

恩地は、自分の頭の中にある仕事を、次の人でも動かせる形へ落とそうとしています。

単に自分だけが仕事をできればいいのではない。

自分がいなくなった後も仕事が止まらないようにする。

この考え方は、かなり実務的だと思います。

私自身も、仕事を進めることばかりに意識が向くと、その仕事を他人が引き継げる状態になっているかまでは考えきれないことがあります。

恩地のこの場面は、優秀な人間ほど「自分で全部できる」のではなく、「他人でも動かせる形にする」ことが必要なのだと考えさせられました。

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何もない場所では、必要なものを全部洗い出す

さらに印象的なのが、新しい赴任先で一から仕事環境を整える場面です。

恩地の手元には、十分なオフィスも備品もありません。

そこで恩地は、必要なものを具体的に書き出します。

タイプライター。

用紙。

ファイル。

伝票。

カーボン紙。

はさみ。

ホッチキス。

今ならパソコンやネット環境、プリンターなどに置き換わるのでしょうが、考え方は同じです。

「仕事ができる環境を作る」

という大きな課題を、

具体的に何が必要なのか

まで分解しています。

私はここがかなり好きです。

仕事で新しいことを任されたとき、

「どう進めればいいか分からない」

となることがあります。

しかし、恩地はそこで止まりません。

完成形から逆算して、

「まず何がないのか」
「何を揃えれば仕事が始められるのか」

を一つずつ考えています。

これだけ見ると地味ですが、こういう地味な作業ができる人ほど、何も整っていない環境でも動けるのだと思います。

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情報がなければ、自分で情報源を探す

さらに面白いのが、必要な事務用品をどこで買えばよいか分からない場面です。

今なら検索すれば数秒で候補が出ます。

しかし恩地のいる環境では、当然そうはいきません。

そこで使うのが電話帳です。

情報がないなら、電話帳を開く。

そして自分の足で複数の店を回り、見積もりを取る。

この一連の流れはかなり象徴的です。

恩地は、

「情報がない」
「誰も教えてくれない」
「本社から指示が来ない」

という理由で止まりません。

今ある情報源の中で、自分が使えるものを探します。

私はここに、恩地の仕事の強さがあると思います。

仕事では、必要な情報が最初から全部揃っていることの方が少ない。

誰に聞けばいいか分からない。

前例がない。

資料がない。

そういうときに、

「分からないから待つ」

のか、

「分からないなら、どこから調べればいいかを考える」

のか。

この差は大きいと思います。

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本社が動かなくても、恩地は要求を止めない

ただし、恩地の仕事ぶりは綺麗な話ばかりではありません。

赴任先で資金が足りず、本社へ送金を求めても、なかなか金が送られてこない場面があります。

恩地は何度も本社へ連絡します。

それでも動かない。

するとタクシーを使わず歩き、食事まで極端に切り詰めながら、繰り返し送金を求め続けます。

最終的には本社が折れ、送金してきます。

この場面は、恩地の粘り強さをよく表しています。

一度依頼して終わりではない。

必要なものなら、相手が動くまで働きかける。

私は仕事上、相手に一度連絡した後、

「まだ返ってこないな」

と思いつつ、そのまま待ってしまうことがあります。

しかし仕事は、自分が依頼したことで完了するわけではありません。

必要な結果が得られて初めて前に進みます。

その点では、恩地のしつこさは参考になります。

ただし、食事まで極端に削って会社と根比べするところまで真似すべきだとは思いません。

この場面には、合理的な仕事術だけでなく、会社への意地もかなり混ざっています。

恩地の行動すべてを「優秀な会社員のお手本」にしてしまうと、少し違う気がします。

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「良いオフィス」ではなく、条件を四つに分ける

恩地の仕事ぶりで、私が特に参考になると思ったのがオフィス探しです。

恩地は物件を探す際、ただ「良いオフィスを探す」とは考えません。

必要な条件を四つに分けています。

エレベーターの能力や新しさ。

トイレや給湯室の清潔さ。

夜間の出入りや警備。

駐車場までの距離。

そして、この条件を満たす物件を一日に何件も見て回り、時間をかけて探しています。

ここは仕事の進め方として非常に分かりやすいです。

「良いオフィス」という言葉は曖昧です。

人によって良いの基準が違います。

しかし、

「この四条件を満たす」

と決めれば、候補を比較できます。

つまり恩地は、

曖昧な課題を、判断できる条件に変えている。

私はこれがかなり重要だと思います。

仕事で、

「ちゃんと確認する」
「良い案を考える」
「問題がない状態にする」

と言われても、それだけでは具体的に動けません。

何を満たせば「ちゃんと」なのか。

何を比較すれば「良い」のか。

そこを具体化しないと、途中で判断がぶれます。

自分自身も、途中で新しいタスクが入ると優先順位が崩れることがあります。

その原因の一つは、「何を終わりとするか」が曖昧なまま進めていることなのかもしれません。

恩地のオフィス探しから一番学びたいのは、根性ではなく、この条件を言葉にする力です。

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仕事を与えられないなら、自分から作る

そして恩地の仕事ぶりを象徴しているのが、アフリカでの営業活動です。

恩地はワンマン・オフィスに置かれ、十分な仕事を与えられているとは言い難い状況にあります。

普通なら、

「やることがないのは会社の責任だ」

と考えてもおかしくありません。

しかし恩地は、自分から仕事を探します。

企業へ手紙を書き、訪問の機会を作り、国民航空の航空券を使ってもらえるよう働きかける。

その結果、日本への出張や帰任時に航空券を購入してもらえる見込みまで作ります。

私はここが、恩地の仕事ぶりの中で一番格好良いと思います。

恩地は、

「与えられた仕事を正確にこなす人」だけではありません。

仕事そのものを自分で見つけています。

もちろん、会社への意地や反骨心もあります。

「こんな場所に飛ばされたからといって、自分は腐らない」

という気持ちもあったのでしょう。

それでも、結果として行っていることは極めて具体的です。

顧客候補を探す。

連絡する。

訪問につなげる。

利用してもらえる可能性を作る。

ここには精神論だけではない仕事の力があります。

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恩地の仕事術は「猛烈に働くこと」ではない

ここまで読むと、

「恩地はとにかく猛烈に働く人だった」

とまとめたくなります。

しかし私は、そこが本質ではないと思います。

恩地の仕事ぶりから共通して見えるのは、

曖昧な状態を、そのままにしないことです。

仕事が多いなら、やるべきことを書き出す。

引継ぎが必要なら、具体的な手順まで説明する。

備品がないなら、必要なものを列挙する。

情報がないなら、使える情報源を探す。

物件を探すなら、条件を決める。

本社が動かないなら、再度要求する。

仕事がないなら、自分で仕事を作る。

つまり、

「次に何をすれば前へ進むのか」を具体化する力

が恩地にはあります。

これは「長時間働く」「我慢する」とは別の能力です。

むしろ、私が恩地から学びたいのはこちらです。

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すべてを真似すればいいわけではない

一方で、恩地の行動をすべて現代の仕事術として推奨するつもりはありません。

作中では、現地の税関職員へ金品を渡して手続きを進める場面もあります。

当時の現地事情を描く小説上のエピソードとして読むことと、それを現代の海外ビジネスで「柔軟な対応」と評価することは別です。

現在の企業コンプライアンスでは、贈収賄に関わる重大な問題になり得ます。

また、本社への反発から自分の生活を極端に切り詰める行動も、恩地の意地を表す場面ではあっても、健全な働き方とは言えません。

ここは分けて考えたいです。

恩地から学べるのは、

何でも耐えることでも、

会社のために自己犠牲することでも、

現地の慣行なら何でも受け入れることでもありません。

仕事を前に進めるために、自分で考え、具体化し、必要な行動を取ること。

そこだと思います。

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私が恩地から一番学びたいこと

私は仕事で優先順位を決めること自体は意識しています。

ただ、途中で別の仕事が入ってくると、当初の予定が崩れ、何を先にやるべきか分からなくなることがあります。

だから今回、恩地の仕事ぶりを読んで最も参考になったのは、

「もっと頑張らなければならない」

ということではありません。

仕事を具体的にすることです。

何をやるのか。

何が必要なのか。

何を満たせば終わりなのか。

誰に依頼するのか。

返事がなければ次にどうするのか。

こうして一つずつ決めていけば、途中で仕事が増えても、少なくとも何が残っているのかは分かります。

恩地は特別な道具を使っているわけではありません。

電話帳を開く。

紙に必要なものを書く。

店を回る。

手紙を出す。

相手に連絡する。

やっていること自体は地味です。

しかし、その地味な行動を積み重ねることで、何もない場所から仕事を形にしています。

『沈まぬ太陽』の恩地元を見ていて、私が「仕事ができる人」として一番印象に残ったのはそこです。

派手なアイデアを出すことでも、何でも一人で処理することでもない。

曖昧な仕事を具体的な行動に変え、自分で次の一手を作れること。

それが、恩地元の仕事ぶりから私が一番学びたい部分です。

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